110-110 Librarian Melliene (1/2)
「……あんの、くそおんじ. 帰国して早々、「ホッホウ! 『神託の玉』百個の追加注文(オーダー)じゃ」って……なに? もっと、うちの生産能力考えて受注して来なよぉ……?」
メリジェーヌは魔導具研究室の工房で一人、悲嘆に暮れていた.
先日、【魔聖】オーケンに長年試作品止まりだった『神託の玉』を、いきなり三百個近く生産したいと言われた時は正直、正気か、と思った.
一応、直属の上司なので「正気か」とは言わなかったが「頭おかしくないですか」ぐらいは言ってやった. まあ、意味はだいたい同じかもしれない.
だって、それぐらいは言いたくもなる.
普通は数年かかってもおかしくない作業なのだ.
『神託の玉』の仕組みは既に実用化されている『通話用魔導具(コール)』と似たようなものだ. 声ではなく、視覚情報となる光を魔力波に変えて飛ばし、受信した側で再生する. 主な違いはそれぐらい. 発想自体は前からあったものだ.
でも、試作段階から実用化するとなると、二つ三つ大きな技術的課題をクリアする必要がある.
それを数日でやろうなんて、無茶にも程がある.
────結局、やるしかなかったのだけど.
私が主要な機構部分を試行錯誤して作り、上司オーケンが最後にゴリ押しで魔力を中に詰め込み、なんとか納期直前に完成まで漕ぎつけた.
ミスラ教国から提供を受けたという信じられない程高品質の魔石、『悪魔の心臓(デモンズハート)』……今後は『赤い石』と呼ばなきゃいけないらしいけれど、とにかく他にもマニアなら垂涎のトンデモな質の素材の数々が使いたい放題だった為、採算度外視の開発で無理を可能にしたのだ.
ぶっつけ本番の運用で失敗しなかったのは本当に奇跡みたいなものだ.
普通ならやるはずの最低限の耐久性試験もしていないし、いつ故障してもおかしくない.
最終的には上司(オーケン様)が責任を取ると言っていたものの、私はこのところ苦情(クレーム)に怯える毎日を過ごしている.
……そんな無茶を先日、やったばかりだというのに.
なのに、懲りもせずに、また更に百個追加だぁ……?
という、内心ふざけんなという気持ちが私の顔に出ていたのか、追加の仕事を持ってきた上司(オーケン様)は、仕様書を読み肩を震わせている私に対して、
『……じゃ、じゃあ、今期の給料……十倍ぐらいでどう?』
という条件を提示した.
────まったく.
なんてことを言い出すのだろう、あの上司は.
そんな風に言われてしまえば、断りづらいではないか.
私はなかば反射的に、「はい、やります!!」と元気よく返事をしてしまった.
結局、お金の魔力には抗えないのだ.
とはいえ、やっぱり上司への不満は残る.
……そもそも、なんであんなキツい納期で持ち帰って来るかなぁ?
普通、もうちょっと余裕持たせるものではないだろうか?
しかも、コネがあるのかなんなのか知らないが、神聖ミスラ教国の教皇から直接受注してきたとかで、納品に求められる仕様(クオリティ)が異常なまでに高い.
国家事業だから仕方がないけれど. 使える予算が莫大なのはせめてもの救いだ.
でも、『神託の玉』の仕組みは繊細で、きちんと調律してあげないとうまく作動しないばかりか、国を跨ぐ程の大出力を実現するとなれば、下手をすると爆発の危険性すらある.
だから、主要部位(パーツ)の難しい部分の加工は他の工員たちには任せっきりにできず、いざという時に頼れるのはオーケン様ぐらいしかいないが、その上司様も最近大変忙しくしているらしい.
だから、他の人に任せられる部分はやってもらうにしても、一番ハードな部分は私がやることになるのだろう.
そう、私の小さな肩には今、クレイス王国の威信をかけた大プロジェクトが載っていると言っても過言ではない.
というか、だいたい私一人でやることになる気がする.
……やっぱ、これ、無理じゃね?
と、これから組み立てなければならない部品の山と、工程表(スケジュール)を眺めながら思う. 最近、自作の眠気覚し魔法薬《アンチスリープポーション》を飲み過ぎて胃が痛い.
結局、上司の代理として呼ばれた『副団長』クラスの会議も、資料を押し付けて帰ってきてしまった.
今は少しの時間も惜しい.
まあ、別にあそこは私がいなくても、イネスさんがしっかりしてるので回るだろう.
彼女に甘えるのは悪いけれど……そもそも、私があの面子に入り込むのは無理がある.
正直、私は場違いな人間なのだ.
他の規格外の『副団長』クラスの人たちと並べてみると一目瞭然だろう.
作業に集中しすぎて疲れた頭をほぐすために、私は少しだけ手を止め、ぼんやりとその五人の顔を思い浮かべる.
────まず一人目、『戦士兵団』副団長、【神盾】イネス.
言わずと知れた、類稀なる『恩寵(ギフト)』の持ち主で【六聖】の纏め役として知られるダンダルグ団長の義娘.
幼少期から、王に溺愛されている王女の護衛を一人で任されるほど強い. 戦闘能力的にも無敵の怪人ギルバートさんと肩を並べるともいわれる.
あと、羨む気すら起きないほどの美人である. 女の私から見てもかっこよく、兵の間で男女問わず人望がある.
次期『王都六兵団』の長(リーダー)候補と目されているが、その評価に、誰も異論を挟むものはいない.
そして、百戦錬磨の【剣士】が集う『剣士兵団』副団長を務める、【槍聖】ギルバート.
兵団の花形『竜騎兵隊』の隊長を兼ね、部下にはいつも隊長と呼ばれている. 若くして王から【槍聖】の称号と共に王類金属(オリハルコン)の宝槍を下賜された実力は本物だ.
でも、今でこそ落ち着いたが昔はかなりの乱暴者だったらしい. 良い意味でも悪い意味でも武勇伝があちこちにあり、街ではガラの悪い不良たちに人気があるらしい.
正直、私はこの人にはあんまり近寄りたくないが、いつも馴れ馴れしく声をかけてくるのでマリーベールさんと一緒に防衛ラインを築いて一定の距離を保っている.
その『僧侶兵団』副団長、【聖女】マリーベールさんも凄い人だ.
間近で見ると全然そんな風には見えないけれど……若くして王から【聖女】の称号を授かる、【神盾】、【槍聖】と並ぶ実力者.
彼女の癒術は【癒聖】セインさまと違い、怖くないし痛くないという. 故に一般兵からは崇敬され、本当に聖女様のように扱われている.
その人気と役割の為に彼女は昼夜問わず忙しくしているが、その分、副団長クラスでは一番の高給取りらしい. というか「それぐらいないと、やってられないですぅ……」ということだった.
金がないと動かない聖女ってどうなんだ、とは思うものの、個人的には同情する. 大事だよね、報酬. プライベートでシレーヌと一緒にお茶しに行くことも多いが、いつも何か甘いものをがっついている印象しかない. あれで太らないのが不思議.
そして、最年少の【雷迅】シレーヌ.
あの苛烈で知られるミアンヌ団長に実力を認められ、団員全員が目隠しして飛ぶ鳥を射落すという変態集団、『狩人兵団』の副団長を務める稀有な天才. 私よりも年下で副団長クラスでは一番若いはずなのに、全然他の人に気圧されていない.
彼女は『獣人』の血を引いているため、気配察知能力に優れており、目隠しをしながら背後に飛ぶ鳥数十羽を同時に射落すという. もはや何がどうなってんだレベルの凄まじい弓の技術を持つ.
が、それでもミアンヌ団長の足元にも及ばないというのだから、本当にどうなってんのあの業界という印象しかない.
彼女はいつもミアンヌ団長にこき使われてかわいそうな印象があるが、そんな苦労人の彼女にも最近春が来た、というマリーベールさん情報もある.
だが、相手はなんとあの『魔族』の少年ロロ君だという.
……とことん茨の道を突き進むのか、シレーヌ. 応援するけど.
それと、忘れてはならないのが『隠密兵団』副団長、【幽姫】レイ.
白く輝く透明な髪を持つ、不思議な容姿をした女性.
【死神】の異名を持つ【隠聖】カルーさまに次ぐ諜報実務能力と戦闘能力を持つと噂されるが、詳しい情報はない.
私は彼女に何度か会ったことはある……はずなのだが、よく覚えていない.
ものすごい美人だったような気がする……が、とにかく印象が薄い.
多分、何かの『恩寵』によるものだと思われる.
彼女も王から特別に宝刀を授けられるほどの実力者で、彼女にとっては闇の中で気配も察知されぬまま、気に入らない人間を始末することなど容易いことだろう.
……ギルバートさんとかそろそろ危ないと思うな.
────以上が、これから王都の歴史に名を刻むであろう、伝説級のすごい人たち.
そして、無謀にも彼らと肩を並べるのは……私.
『魔術師兵団』副団長、【司書】メリジェーヌ.
実は私……『魔術師兵団』所属なのに、魔術、あんまり使えません.
あと運動能力がないので周りの動きに全くついていけず、戦闘もろくにできません.
補助ですらほぼ無理.