102-102 Kings Thoughts (1/2)

「本当になんなのだろうな、あの男は」

王女から報告を聞いた後、王はしばらく笑いが止まらなかった.

本来、それは笑える類の報告ではなかった.

自分の役割である一国の王としては、とても笑っていられるような状況ではない.

自分たちはあの教皇にまんまと騙され続けていて、そうとは知らず、魔物を相手に喜劇を演じていたのだという.

その重大さは王としても理解はしている.

今回明るみになった事実は世界を揺るがす様な事態であり、今後の大陸の情勢にも大きく影響を与える.

だが、それでも王は身体の内側から込み上げる可笑しみをこらえきれなかった.

終わった話として聞いてみれば、本当に喜劇でしかない.

「また、あの男がやってくれたのだな」

誰もいない部屋の中で愉しげな王の声が弾む.

────例の男、ノール.

聞けば男は一人で『嘆きの迷宮』の中に落ち、核(コア)となる『青い石』の中に取り込まれ幽閉されていた本物の「アスティラ」を助け出したという.

まるで英雄譚からそのまま抜け出してきたような男の活躍の軌跡を辿るだけで、王の心は妙に躍る. 多くの民を統べる王という立場であるのに、演劇の観衆のうちの一人であるかのようにその男に喝采を送りたくなる.

────いや.

王という立場であるからこそ、か.

男は王がやりたくてもできないような仕事を次々と成し遂げていく.

世間を縛るしがらみも因習も、何もかもが自分には一切関係がないのだと云うかの如く、男は全ての障害を無視してただ一直線に解決への最適解に突き進んでいく.

そのあまりに出来過ぎた冒険物語のような快進撃に、王は笑わずにはいられない.

「本当に、面白いな」

あの男の周りでは次から次へと何かが起こる.

めまぐるしいほどに何かが変わる.

あの男が連れてきて保護を求めた少年一つとってもそうだ.

今、まさに彼を中心にして世界が変わろうとしている.

「古き者(・・・)の『知識』を手に入れた少年か」

王はこの事件の後、ミスラから帰還した『魔族』の少年ロロに詳しく話を聞いた.

その報告を受け、王はあの少年の重要度(・・・)が更に跳ね上がったことを知った.

あの少年は『嘆きの迷宮』に潜んでいた古き者(・・・)の『心』に接触し、その『古い世界の知識』を得たという.

それがどれほどこの世に変化をもたらすことであるかを、王は多少なりとも理解できるつもりでいる.

あの少年は、断片的にではあるが既に答え(・・)を知っている.

────この世界に点在する『迷宮』とは、いったい何なのか.

────その奥深くに封じられる『核(コア)』と『迷宮の主』とはどういう存在なのか.

────そして、あの未知の材質で造られた『黒い剣』がなんの為にあるのか.

────この世界は、どうしてこのような成り立ちであるのか.

長きに渡り世界中の人々が抱いていたそれらの無数の問いへの答えを、あの少年ロロは、二万年以上の時を生きるという迷宮の魔物と精神(こころ)を通わせることで一瞬のうちに得てしまったのだ.

そんな知識を持つ者など、今の今まで世界のどこを探してもいなかった.

それが唐突に一人だけ、現れたことになる.

もしその事実が世に知れたら、大きく世界の命運が傾きかねない.

もはや世間では幻とすら云われるエルフ共ですら、我らが得た知識を回収(・・)する為に数百年来の動きを見せるかもしれない.

それほどの秘密を少年は手にしている.

いや、それを待たずして、これから確実に世界は大きく傾くことになる.

覇道に膨らみかけた『魔導皇国』が自滅したことで、周辺国家が一斉にざわついた.

それらの国々に皇国に代わり、睨みを利かせ抑える役目を果たした『神聖ミスラ教国』も、弱体化する兆しを見せている.

既に、我が国を取り巻く状況だけでなく、大陸の勢力図そのものが大きく書き換わり始めている.

────この全てがあの男を中心に回っている.

そしてこれから更に音を立てて激しく回っていくことだろう.

厭が応にも、あの男を中心にして.

その予感に、王は笑わずにはいられない.

あれは、やはり変わっている.

ミスラでの新たな功績にも関わらず、相変わらず何も欲しがらない.

こちらとしてはあれだけのことをされて、何も返さないわけにはいかないというのに.

だが、まあ、急ぐ必要はないだろう.