85-85 Sages Cup 3 (1/2)

「────『魔族』の討伐、か」

魔術師達の間で幻とまで呼ばれた技術、【二重詠唱】を独自の鍛錬で会得し、【双魔】の二つ名で呼ばれ、その隔絶した実力が広く認められ始めたオーケンの元に『魔族討伐』の依頼が舞い込んだのは、既に彼が壮年を迎えた頃だった.

数十年もの間、独り山奥で鍛錬に励んでいたオーケンには、近年急に活動を始めた『魔族』という種族がどんな存在なのか知らなかった. 彼らは十数年前に急に大陸で活動を始め、不思議な力で魔物を自由自在に操り、人を殺戮する『敵性種族』だという.

そんな奴らの話は、オーケンが冒険者として活動しているときは一度も耳にしなかった.

彼らは、短期間のうちにとてつもない大勢力を築き上げたという.

その規模は多くの国の国軍の戦力を軽く凌駕すると言われ、実際、既に多くの大都市が彼らに滅ぼされていた.

彼らは強かった.

『竜種』や『魔獣』といった強力な魔物を多数使役するだけでなく、知略にも長けていた.

彼らは大陸のいたるところになんの前触れもなく出現し、街を襲うという.

各国が保有する軍戦力だけでは『魔族』を相手取って戦うにはとても足りず、『魔族』の討伐依頼が大陸中の冒険者ギルドに出されていた.

だが、その依頼を受けて生きて帰ってきた冒険者はほぼ居なかった.

例外として、戦う前に尻尾を巻いて逃げ出した者だけが生き残った.

────あれはとても人間が相手にできる相手ではない、と.

五百名を優に超えるベテラン冒険者で構成された大規模戦団(クラン)が瞬く間に壊滅する光景を目にした男は、そう怯えながら依頼失敗の報告をしたという.

そんな噂を聞き、オーケンは『魔族』という種族に興味を持った.

「……それなら、俺の相手としては丁度いいかもな」

山を降りて再び『冒険者』として依頼をこなすようになったオーケンはその時、既に自らの生きる目的を魔術の探求のみに置いていた. 自分の魔術が深められるのなら、他のことは大抵どうでも良くなっていた.

危険な場所に赴き、自らの命を危険に晒すことさえ厭わなかった.

自分の力不足で命を落とすなら、別にそれはそれでいい.

────元々自分の死に場所がそこだったというだけのことだ.

そんな風に思い、数々の危険な依頼を受け続けた.

そうして【金級】クラスの危険な依頼を単独(ソロ)で幾つもこなすようになり、それすら物足りなく感じていたオーケンにとって、『魔族』の存在は魅力的に映った.

────今の自分の技術を試す相手としては、丁度いい.

そうして、オーケンはその大集団(クラン)規模受託推奨の『魔族討伐』依頼をたった独りで受け、魔族が人を襲撃しているという戦地へと向かった.

◇

オーケンが目的の平原に辿り着くと、そこは広大な平原を埋めつくさんばかりの魔物の群れがひしめいていた.

それはあまりに異常な光景だった.

迷宮の中ですら、こんな風に魔物が集結することはあり得ない.

────確実に、ここに『魔族』がいる.

確信を得たオーケンは、目測で優に数千を超える魔物の軍勢に、真正面から飛び込んだ.

そうして、一対数千の戦いが始まった.

まず、オーケンが得意とする極大の雷撃で数十の魔物を屠ると、それを合図に魔物たちは一斉に彼の元へと押し寄せた.

だが、【二重詠唱】を駆使し、無数の強烈な攻撃魔術、補助魔術を間断なく放ち続けるオーケンは、雪崩のように迫り来る魔物の群れをまるで簡単にあしらった.

凄まじい轟音が平原に鳴り響き、雷が、炎が、氷が天変地異のように舞い踊り、魔物の群れが次々に駆逐されていく.

オーケンはたった一人で、誰もが絶望を覚えるであろう魔物の軍勢を圧倒した.

だが、オーケンは冷静だった.

まだ目的の存在が、姿を見せていないことに注意を払いながら、魔物の群れを焼き尽くしていった.

そして、オーケンが魔術で殲滅した魔物の数が千を超えた頃、ようやくそれらの魔物を操っている『魔族』が顔を見せ、オーケンは顔を僅かに綻ばせた.

────ようやく、会えたな、と.

オーケンは噂の『魔族』の顔を拝もうと目を凝らした.

だが、そこでオーケンが目にしたのは意外なものだった.

巨大な魔物にまたがって姿を見せた彼らが例の『魔族』であることには疑いはなかった.

でも、オーケンは初めて『魔族』の姿を目にしたにも関わらず、彼らの姿に覚えがある気がした.

彼らに共通する特徴的な薄青の髪色、そして蒼白の肌は、かつてオーケンが長い間旅を共にした一人の男にそっくりだった.

「いや、違う────」

────いや、そんなはずはない.

オーケンはすぐに考えを振り払った.

彼に案内された故郷の集落で共に過ごした人々に、彼らはあまりによく似ていた.

でも、違う.

彼らは優しく温和で、とてもこんな乱暴なことができる人々ではなかった.

それに、自分がかつて出会った彼らは、あんなに憎しみに歪んだような険しい顔はしていなかった.

それでも、どこか見覚えのある姿の彼らが自分に襲いかかってくることに戸惑いを覚えつつ、オーケンは魔術を駆使して迫り来る脅威を片っ端から殲滅した.

彼らは強かった.

ある者は巨大な竜種にまたがり、火炎のブレスをオーケンに浴びせ、ある者は素早い魔獣の群れを使役した.

だが、大型の竜種『火竜』といえど、数頭で平原を征する『黒狼』の群れといえど、【二重詠唱】を手にしたオーケンの敵ではなかった.

オーケンは魔力の続く限り渾身の魔術を発動させ、次々に相手を討ち滅ぼした.

そのまま押し切れば、勝てるような勢いだった.

────だが、それも束の間.

思っていたよりも魔族の軍勢はずっと冷静で、狡猾だった.

オーケンがたった一人で戦いを挑んできていることを理解した彼らは、次第に主戦力を後方に引き下げ、戦力を小出して攻撃するようになり、オーケンにひと時の休みも与えずに消耗を待った.

そして彼らの目論見通りオーケンの準備していた魔力回復の魔法薬(ポーション)が切れ、疲れが見え始めたところで一気に畳み掛けるように戦力を投入した.

魔族の軍勢は想像以上の規模の魔物を従えていた.

オーケンが倒した千を超える魔物たちも、その戦力からすればごく一部でしかなかった.

そうして、大軍勢を相手に優勢だったかに見えたオーケンは魔族の軍勢に囲まれたまま、魔力切れを起こし、膝をついた.

────やはり、ここまでだったか.

もはや、なすすべがなくなったオーケンは自嘲気味に笑った.

この数十年間、自分はずっと力だけを追い求め続けてきた.

自分はあまりに、弱かったから.

弱かったせいで、あの時の自分は何もかもを失った.

あれから、少しは強くなったつもりだった.

でも、やはり限界があるのだと今更ながら実感した.

いくら力があっても、独りでは限界がすぐに来るのだと.

あの時の自分は弱くても、仲間がいたからなんとかなった.

────仲間か、とオーケンはまた自嘲気味に笑った.

そんな風に呼べる存在はもうどこにもいない.

今、自分がいなくなったとしても悲しむ人間はいないのだ.

だから自分はもうここで終わってもいいのだ.

……ここが、自分のちょうどいい死に場所だった.

そうして死を覚悟したオーケンは自分を囲む魔物たちが自らの身体を引き裂くのを待っていたのだが.

「────待て. そのまま、動くな」

Suddenly, a familiar voice came from deep within the crowd of demons.

Then the demons and monsters surrounding him stopped attacking at once.

”...... Oaken, why are you here?

A large army of demons opened up a path, and a man appeared from behind it.

It was a scarred man riding on the back of an extraordinarily large black dragon.

At first, Oaken didn't know who it was that had called his name.

The moment he heard the voice, he was sure it was him, but the moment he got closer and saw the face, he couldn't believe his eyes, and then he couldn't recognize it.

I was not sure if it was really the person I had imagined from the voice.

But there was no way that ──── Oaken could have mistaken his appearance.

”──── Roy. Is that you?

He wondered, though he did not say it.

The man's mood had changed so much.

The deep wrinkles on his face, etched with hatred, made him look like a different person.

But it was definitely Roy, Oaken's former comrade.

”Roy, why are you here ......?

More than nostalgia, a feeling of doubt prevailed.

I thought I had come here to defeat the demon race.

And yet, the fact that he is here ────

...... That's what I'm talking about. Oken, why are you here ...... now, what do you want? No, ...... right, you're asking me to take it down.

...... Ah. I'm here on a mission from the Adventurer's Guild to take down a demon tribe. But why, Roy ......, why are you here ......?

”You know ────. We're the demons.

Given the circumstances, that was the only way to look at it.

But Oaken didn't want to admit it.

He couldn't accept it and he didn't want to believe it.

He didn't believe that he (Roy), who had a character that couldn't even kill an insect, was the ”demon tribe” that was killing people all over the continent.

I'm not sure what to do, but I'm going to try to find out.

I'm not sure if you've seen this before, but I'm sure you've seen it before. ...... Hey, what's up, Roy? You're not the kind of person who's going to look like that, are you?　What the hell happened to you? And what do you mean you're a demon ......?

Roy was silent for a moment.

I'm not sure if it's a good idea, but it's a good idea.

”It's ...... Astila. He's alive.

”Astila is ......?　Really, that's... But why is that ────?

”He came to my village. And he took the red stone.

”...... Red stone?　What's that?

Roy didn't answer Oaken's question, but suddenly, as if he had changed his mind, he let out a heavy voice that seemed to echo from the depths of the earth.

”──── And then the children were kidnapped. The women were taken.

It was a voice that seemed to curse everything.

It sounded like he was angry or sobbing.

While Oaken was puzzled by Roy's appearance, Roy continued to spit out stagnant words, as if he was cursing someone.

”──── Then the men were killed.

The old men were killed.

...... And so our village was destroyed.

He came and broke our village into pieces.

It was so peaceful and beautiful, our village.

Roy's eyes darkened, and he could no longer see Oaken.

It was the image of someone who had the strongest hatred for something that Oaken had ever seen in his life.

Oaken couldn't believe that it was the image of his former comrade Roy.

He was a different person than the Roy that Oaken knew.

Wait, that doesn't make any sense. ...... Why would he (Astila) do that?

No, I know you're not the kind of guy who lies, but ──── is it true?

I'm not sure if this is a good idea, but I think it's a good idea.

...... I thought so too.

I never thought he'd do something like that.

I wanted to believe.

And I did.

And this is the result.

He's changed.

That's not the Astira we knew.

”...... Roy, what the hell kind of ...... is that?

──── And I'm not the me you know anymore either.

In front of Oaken, who can only continue to be confused, Roy raised one hand as if to signal something to the demons around him.

I'm sure you'll be happy to hear that.

...... Go home, Oaken.

You're no longer with me.

So you stay out of it.